東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3848号 判決 1966年4月27日
原告 江戸川段ボール工業株式会社
被告 株式会社三和銀行
主文
被告は、原告に対し、六万円とこれに対する昭和四〇年五月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告。その余を被告の負担とする。
この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者双方の申立
(原告)
1 被告は、原告に対し、一六万円とこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
(被告)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の主張
一 原告は、昭和四〇年三月一八日被告銀行神田支店に対し、同日同銀行岩本町支店に交換呈示せられる訴外株式会社蒼玄社(以下「訴外会社」という。)振出の金額一六万円の約束手形の決済資金として、同支店における右訴外会社の当座預金口座に入金すること(当座口振込)を委託して一六万円を交付した。
二 右振込金は、同日岩本町支店に振込まれたが、当時訴外会社は銀行取引停止処分を受け同支店との当座勘定取引が解約されていたため、同支店は右手形を「解約後、かつ、支払人が来行しないこと」を理由に不渡にしたうえ、同月二〇日訴外会社の支払請求により右金員を支払った。
三 しかし、
(一) 当座口振込は、振込人の委託に基づき、仕向銀行が被振込人の取引銀行である被仕向銀行に対し、被振込人の当座勘定口座に振替入金方を委託し、これに基づき被仕向銀行が右口座に入金を行なうという振込人と仕向銀行間の委任契約であるから、被振込人が被仕向銀行に当座勘定取引を有することが必須の要件であり、したがって、当座口振込は、被振込人が右当座勘定取引を有することを停止条件(既成条件)として仕向銀行と為替契約を結ぶものというべきである。本件の場合、被振込人である訴外会社は本件振込当時前記のとおり被仕向銀行である岩本町支店に当座勘定取引を有していなかったから、本件委任契約は条件不成就により無効(民法一三一条二項)であり、被告銀行は右振込金を不当利得として原告に返還する義務を有する。
(二) 仮りに右の主張が認められないとしても、被告銀行は善管義務に違反し、本件振込金額と同額の損害を原告に与えているからこれが賠償をすべきである。すなわち、岩本町支店は、本件振込金が振込日に満期となる前記手形の決済資金であることはその時期と金額からして当然了知できる立場にあり、被振込人は不渡による銀行取引停止処分により解約を受けた直後であるから、かかる場合、振込金を被振込人に交付すれば、振込人が被振込人から右金員の返還を受けることが極めて困難になり、損害を蒙る危険があることを当然承知した筈であり、また、承知すべきであった。したがって、被告銀行としては、振込人である原告に対し、岩本町支店に被振込人の当座勘定取引がなく振込ができない事実を直ちに通知し、振込人からこれが回答があるまでは右金員を留保すべきであり、右回答以前に被振込人から払戻請求がなされたとしても、払込人の承諾がない限り払戻をすることは許されない。しかるに、被告銀行は以上の義務を怠り、前記のとおり被振込人の支払請求に応じて支払をなし、原告は被振込人から右金員の支払を受けることができず、同額の損害を蒙った。
四 よって、原告は被告に対し、前記申立第一項記載のとおりの請求をする
五 被告主張のとおり、原告がその後訴外新東興業株式会社を介して訴外会社から本件振込金につき一〇万円の支払を受けたことは認める。
第三被告の主張
一 請求原因中一は、振込の目的は不知、その余は認める。二は認める。三は争う。
二 原告主張の三の(一)について、
当座口振込は、被振込人が被仕向銀行に銀行取引のあることを前提とするが、これは、被仕向銀行において送金支払の簡便、迅速、確実、かつ、安全を期するため、被振込人の預金口座を利用しているものであり、当座勘定取引等のあることは副次的な意味を有するにとどまる。したがって、原告主張のように当座預金口座がある場合に限定されることなく、普通預金取引のある場合、また、かって銀行取引があり被振込人であることが正確かつ安全に確認できれば、振込時に銀行取引が解約されていても差支えない。
三 原告主張の三の(二)について、
当座口振込は、振込人と仕向銀行との間において第三者である被振込人を受益者とする第三者のための契約であり、被振込人は支払請求という受益の意思表示により、被仕向銀行に対し振込金の支払請求権を取得するというべきである。したがって振込人たる原告が仕向銀行に対し本件当座口振込契約を解約することなく、その間に被振込人である訴外会社の受益の意思表示があった本件においては、原告は右会社の被仕向銀行に対する支払請求を妨げることはできない(民法五三八条)。
次に、当座口振込を委任契約と解する余地があるとしても、それはあくまで送金方法の一種であり、その原因となる法律関係とは無関係になされる大量、定型、無色を特色とする為替取引であるから、これが振込目的を確認する義務は銀行に課せられておらず、被告銀行は訴外会社と従前銀行取引があり、被振込人本人を確知していたから、右会社を被振込人と認めてその支払請求に応じたものであり、右支払は委任事務の範囲に属し(商法五〇五条)何ら善管義務に違反しない。
四 仮りに以上の主張が認められないとしても、原告は昭和四〇年六月三〇日までに訴外新東興業株式会社を介して訴外会社から本件振込金につき一〇万円の支払を受けているから、右金額の限度で原告の損害は減少している。
第四証拠関係<省略>
理由
一 原告主張の一および二の事実は、振込の趣旨を除いて当事者間に争いがなく、原告主張の趣旨により本件振込契約がなされたことを認めるに足る証拠はない。
二 原告は、当座口振込は、被振込人が被仕向銀行に当座勘定取引を有することを停止条件とする振込人と仕向銀行間の為替契約であり、本件もこの例に洩れないと主張する。しかし、右停止条件付契約であるかどうかは、当座口振込制度の目的等一般論の立場からのみ決すべきではなく、個々の具体的な契約の趣旨をも考慮して決すべきものであると解するところ、本件為替契約が右条件付でなされたことを認定すべき証拠はないから、右条件付であることを前提とする原告の主張は採用できない。
三 第三者の預金口座への振込がなされた場合、右口座が存する限り、振込金は当然直接に第三者の預金となり、同人は預金払戻請求権を取得するものであるから、右振込契約は、第三者のためにする契約でなく、委任であると解する。そうすると、本件の場合、被告銀行は仕向銀行、また、被仕向銀行として、振込人である原告の委任の趣旨に則り、善良なる管理者の注意を以て委任事務を処理する義務を負っている。
本件の場合、証拠によると、被振込人である訴外会社は、本件振込日の前日銀行取引停止処分を受け、被仕向銀行である岩本町支店から当座取引を強制解約されており、同支店は、右振込日の正午頃本件手形を不渡処分にする手続をなし、同日午後一時一五分本件振込金が仕向銀行である神田支店から入金されたこと、岩本町支店は、解約後で他の取引もないため、右金員を別段預金にしたうえ、翌々日訴外会社の払戻請求によりこれを支払ったが、振込人である原告に対しては、その住所も容易に承知できたにも拘らずこの間何ら通知等の連絡を講じなかったことが認定でき、これに反する証拠はない。右認定からすると、岩本町支店係員は、本件振込が、被振込人の強制解約の翌日で、同人振出の手形を不渡処分にした直後であり、かつ、同店には同人の他の取引口座もないから、同人の資産状況が極度に悪化していることを充分承知していた筈であり、かかる被振込人に当座口振込がなされた金員を払戻した場合、振込人に不測の損害が生ずるおそれがあることは、銀行業務を担当するものとして当然予期すべきところであるから、かかる場合、右担当者としては、振込金の処理を保留し、自ら、または、神田支店を介して原告に対し、強制解約の事実を通知しこれが回答をまって爾後の手続をすべき義務を有していたというべきである。当座口振込が、定型的、また、大量、かつ、迅速になされる取引であることを考慮しても、右通知等は、電話により、容易、かつ、短時間内になされうる状況にあったから、右取引の特殊性をもって右結論を左右するに足りない。
したがって、被告銀行の訴外会社に対する払戻は善管義務に違反し、同銀行は、原告がこれにより蒙った損害を賠償する義務を有する。
四 原告は、訴外会社から本件振込金に相当する金員の支払を求めることができず、これと同額の損害を蒙ったと主張するが、その後同会社から右金員中一〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、結局、損害は右金額を控除した六万円の限度で生じたものというべく、したがって、被告銀行は原告に対し、六万円とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四〇年五月二一日から完済まで法定の年六分の割合による遅延損害金を賠償すべきである。
五 よって、原告の本訴請求は、右限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、<以下省略>。